親ガチャで手に入るのは、環境。つまり、自分を取り巻く世界。そこには、個人の努力や行動はない。それで、人生が決まってしまうのだろうか。だとすれば、自分の人生を決めるのは、他人なのか?
私が数か月前から気になっていた「びーやまさん」の記事が投稿されていたので自分なりに考えてみた。
確かに、親ガチャでいろいろなものが手に入った方が、便利で楽なことはたくさんある。幼少期に体験できることなどは、まさに親ガチャによる格差はあるだろう。その時期に手に入れられた経験により、その後の人生に大きな差が生まれるかもしれない。後からでは入りづらいコミュニティにも属することはできないかもしれない。
しかし、「学び方」に関しては、親ガチャが全てではない。自力で努力して勉強し、特待生になり、奨学金をもらいながら進学していくこともできる。お金がなかったからできなかった体験も、知性と時間があれば、稼ぎ方を学び、金を増やして手に入れることができる。そして、それらを掴み取るための行動力は、過去の努力や鍛錬によって磨き上げられているだろう。
言い訳をするのは簡単だ。人生が思い通りにならなかった場合、最終的には、結局言い訳するしかないのだから。
では、いつから、自分の不幸、満たされない気持ちの言い訳を考えたいか。
私は、もっと、先でいい。今でもできることが、まだまだあるから。
今回の参考資料

「親の年収で子どもの学歴なんてある程度決まるんじゃないんですか? 結局親ガチャ要素が強いと思います」。受験は家庭環境だけで決まりうるのか (ダイヤモンド・オンライン)
「大学受験」は10代における最大のイベントです。残念な側面でもありますが、いい大学にいけば、なりたい職業になれる確率は上がり、将来の選択肢は増えるのが現在の日本です。それほどまでに大学受験の持つインパクトは大きくなっています。そんな難しい時...

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